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上司に弱音を吐けない職場がパワハラを生む?感情を表現する「言葉」を持たない部下たち(後編)

職場の悩み相談が5倍に増えたことを公表した企業

数年前、スギホールディングス株式会社がIR活動の一環として、「職場の悩み・何でも相談ダイヤル」に寄せられた相談件数が右肩上がりで増えていることを公表しました。2018年には269件だった相談が、2022年には1585件と、5倍以上に増えているそうです。

一般的には、「社員の悩み相談が増える」のはネガティブなことと捉えられ、外部には知られたくないものと考えられがちです。
しかし、職場で悩みや困りごとがあったときに、会社へ相談しやすい仕組みがあるということは、安心して働ける環境がある証拠とも言えます。「相談すれば対応してもらえる」と社員が感じられることは、会社への信頼にもつながるはずです。

こうした相談の増加を前向きにとらえ、公表したスギホールディングスの姿勢からは、学べる点が多いのではないでしょうか。

「職場では弱音を吐いてはいけない」という心のバイアス

現在、多くの企業が社員のメンタルヘルス対策として、外部のカウンセラーに相談できる仕組みを設けています。ところが、そうした制度が実際にはあまり活用されていないケースも少なくありません。

その背景には、利用する側の心の中に、
「職場で弱音を吐くのは良くない」
「仕事に感情を持ち込むべきではない」
といった思い込みや固定観念があることが考えられます。

「コミュニケーションが大切」と言われながら、職場では「弱音」や「悩み」を口にすることがタブー視される傾向があります。そうした雰囲気の中では、万が一、カウンセリングを受けていると知られたときに、「あの人、何かあったの?」という目で見られてしまうのでは、と感じる人も多いでしょう。
悩みがあっても相談できないのは、制度の問題というより、心にブレーキがかかってしまうからなのです。

会議でも意見が対立することを避ける傾向が


日本の職場では、上司も部下も、弱音を吐くことに慣れていません。「グチやつらさは言わず、我慢するのが当たり前」といった空気が、まだ根強く残っています。

感情を言葉にして伝え合うどころか、会議の場で誰かと違う意見を述べることすら避ける人も多くいます。本来、意見の違いは悪いことではないのに、「対立を避けたい」という気持ちが先に立ち、どちらかが折れたり我慢したりしてしまいがちです。
その結果、不満やストレスがたまりやすくなるのです。

互いの考えや感情を率直に伝え合うことは、対等な人間関係を築くために欠かせない大切なプロセスです。対立を恐れず、きちんと話し合える場が必要です。

効果的なのは、本当に信用できる人との対話

そのためにまず必要なのが、自分の考えや感情を言葉にする習慣です。学歴や知識が豊富でも、自分の感情をうまく言語化できないまま大人になる人は少なくありません。身体と同じで、使わない能力は衰えてしまいます。
言葉にならなかったネガティブな感情は、心の中にたまり続け、やがて心や体の不調につながりかねません。

前回のブログでも紹介した、恐山菩提寺で院代(住職代理)を務める南直哉さんは、Yahoo!ニュースのインタビューで、
「言葉というのは、対話でしか成り立たない」
と語っています。

南さんがすすめるのは、「淡い関係」が築ける相手との対話です。家族や親友のように近すぎる存在でなくても、会社の先輩や上司のように、信頼できる年上の相手に話を聴いてもらうことで、弱音を吐く練習になるというのです。

南さんによれば、SNSはただ一方的に気持ちを吐き出す場で、反応があったとしても、相手の性別や年齢もわからない関係では対話とは言えないと話していました。

弱音を吐いても、誰かに相談して助けを求めてもいい

高校時代にアメリカへ留学していた方が話してくれました。
「アメリカの高校では、何かあるとすぐに気軽にカウンセラーに相談する」とのこと。学校で恋愛の悩みさえも、お茶を飲みに行くような感覚でカウンセラーに話しができたそうです。スッキリして、まだ授業に意欲が湧いたとのこと。

社会に出る前から、悩みがあれば一人で抱え込まずに第三者に相談するという習慣が身についているのは、とても心強いことだと思います。

誰かに話すという行為は、自分の悩みや感情を言葉にすること。言葉にすることで、人に気持ちが伝わりやすくなるだけでなく、自分自身でも「本当はどう感じているのか」に気づきやすくなります。

たとえば、夫婦間の問題でも、第三者を交えて話すことでうまく進む場合があります。日本でも、職場や学校、家庭のことを、もっと気軽に第三者へ相談できることが「あたりまえ」になるといいと思います。

つらさや苦しさを抱え込む時代はもう終わり

「私さえ我慢すればいい」
「男だから自分で何とかしないと」
そうやって、つらさや苦しさを抱え込む時代は、もう終わったのです。

自分の気持ちを言葉にして、「嫌なものは嫌」「つらいものはつらい」と口に出してもいい。
困ったときは「助けて」と声を上げれば、きっと助けてくれる人がいます。

「つらいときは、誰かに弱音を吐いてもいい」
「相談して、助けを求めてもいい」

そう、自分自身に許してあげてみませんか?

上司に弱音を吐けない職場がパワハラを生む?感情を表現する「言葉」を持たない部下たち(前編)

職場で気軽に「死ぬ」という言葉を使う!?

最近、企業の方からこんな話を聞きます。
「最近の若い人は、職場で気軽に『死ぬ』という言葉を使うんですよ」

「最近の若い者は…」で始まる若者批判は、昔から繰り返されてきたものです。
「言葉が乱れている」とか、「ボキャブラリーが乏しい」といった指摘も、50代以上の世代の方なら若い頃に言われた記憶があるのではないでしょうか。
例えば、1990年代には「チョベリバ」(超ベリーバッド)なんて、今ではすっかり「死語」です。

それでも、「死ぬ」とはやはり物騒。
どうして今の若者は、そんな言葉を職場で使うのでしょうか。

「私は自己肯定感が低い」という若者たち

あくまで推測ですが、一因として、自分は自己肯定感が低いと自覚しているケースが多いことが関係しているのかもしれません。ではなぜ、そう感じるのでしょうか?

その理由を私なりに分析してみると、1つは彼らが「この先、日本の景気や社会がどんどんよくなる」という実感を持ったことがないから。
時代の空気から受ける影響は、少なからずあるはずです。

もう1つは、SNSの影響。
スマホを覗けば、そこには誰かのキラキラした日常やポジティブな言葉があふれている。それに比べたら、自分の日常が色あせて見えたとしても無理はありません。関係性の薄い知り合いや、会ったこともない人と自分を比較して、「自分なんてダメだ」と思わされてしまうのは、SNSの負の側面といえるかもしれません。

ネガティブな感情を適切な言葉で表現できない

「死ぬ」と言ってしまうのは、適切な言葉が見つからないから。
「死ぬ」と口にしても、本当にそうなりたいわけではない。
ただ、つらい感情をどう表現すればよいかわからず、結果として極端な言葉を使ってしまう。そんなケースが少なくないように感じます。
このように彼らが「死ぬ」と口にするとき、必ずしも言葉通りの意味を伝えたいわけではないのだと思います。

いわゆるいい大学を出て、いい会社に勤める人でも、自分の感情を言葉で表現するのが苦手な人がたくさんいます。知識もあるし、論理的思考も得意。だから仕事の話はスラスラできるのに、自分の感情を表す言葉はうまく出てこない。そういう人は、年代に問わず共通の課題のように感じます。

特に職場では、「つらい」「悲しい」などのネガティブな感情は、表に出してはいけない考えられがちです。「プロらしくない」と思われます。仕事の場では、個人的な感情は自分の胸の中に押し込めておかなければならないもの。それは、若い世代だけではありません。
現在40代、50代の人たちも、さらにその上の世代の人たちも、個人的な感情を押し殺し、つらいときも歯を食いしばって耐えてきたのです。

適切な言葉を与えられずに押し殺された感情は、「死ぬ」というセンセーショナルな言葉となって、あふれてしまうのだと思います。

感情は「液体」。だから、言葉という「器」が必要

自分で自分の中にあるネガティブな感情に気づくためには、自分が思っていること、感じていることを言語化する力が必要です。

青森県にある恐山菩提寺で院代(住職代理)を務める南直哉さんが、(2024年8月17日)Yahoo!ニュースオリジナル特集編集部のインタビューでこう話しています。
「感情というのは『液体』だ」と。「器に入れてはじめて、色やにおい、重量がわかる。つまり、アウトプットしてみなければ、自分に起こっていることがわからないのだ」

「感情というのは液体」という表現は、とても印象的です。液体のように形のない感情は、「言葉」という器に入れて初めて意味が与えられる。自分の感情を自分で把握するためにも、言葉は必要です。

南さんに会いに来た30歳の男性は、一流大学を出て大企業に就職し、将来を嘱望されているエリートコースを歩んでいるにもかかわらず、会社に行けないという。理由を聞いても何も言わない。自分の感情を言葉で表すことができない。
そこで南さんが、「あなたが言いたいのはこういうことではないですか」と言葉にすると、彼は、
「なぜわかるんですか、さすがお坊さん、神通力ですか」と驚いたそうです。

弱音を吐けることが、職場の信頼を生む

自分の感情をうまく言語化できないのは、慣れていないから。
特に男性には、子どもの頃から「感情を言葉にするなんて、恥ずかしいことだ」と刷り込まれている人が多い。たとえば、職場で上司に「つらい」などと弱音をはくわけにはいかない、と自分を縛っている。

そういう人が、自分の感情を言語化できるようになるにはどうすればいいのでしょうか。それには、南さんが言うとおり「アウトプット」するといい。液体のように形のない自分の感情に、言葉という器を用意するのです。

誰かに話して聴いてもらってもいいし、文章にして書き出してもいい。とりとめのない話や文章でいいから、言葉にして発信することで、感情にふさわしい器が見つかりやすくなります。

それには、「どんなにネガティブな感情も、言葉にしていいんだ」と自分にOKを出すことが大切かもしれません。

だからこそ、令和の今、職場でも、間違っても「弱音を吐くな」「グチをこぼすな」などと言ってはいけない。もう時遅れ。
上司と部下がどちらも弱音を吐くことができ、そしてそれを受け止め合える信頼関係であれば、安心して仕事の相談もできるというもの。

そういう信頼関係という名の土壌を職場で耕すことが、ハラスメントを防ぐことにつながる鍵になるのではないかと私は思います。