日別アーカイブ: 2025年10月13日

「カンニングを叱られた高校生に何が起きたのか?  職場にも通じる『指導の落とし穴』」

「指導死」という言葉を知っていますか?

学校などで教員による不適切な指導をきっかけに、子どもが命を絶つこと——それを「指導死」と呼びそうです。重いテーマですが、この問題は企業におけるハラスメント対策と同じ構造を持っています。だからこそ、取り上げたいと思います。

1年前、大阪の有名進学校で起きたこと

2025年5月、読売テレビが衝撃的な特集を放送しました。
「繰り返される〝指導死〟『卑怯者です』カンニングの指導後に息子は命を絶った…両親の叫びと現役教員の本音 生徒指導はどうあるべきか?」
取り上げられたのは、1年前に大阪の有名進学校で起きた事例です。定期テストでカンニングが発覚した男子高校生が、学校での指導直後に自ら命を絶ったのです。
両親によると、教員に促されて彼は「卑怯者です」と言わされたそうです。さらに、全科目0点、8日間の自宅謹慎、写経80巻などの処分が言い渡されました。
遺書にはこう綴られていました。
「死ぬという恐怖よりも、このまま周りから学校内から『卑怯者』と思われながら生きていく方が怖くなってきました」

「予測は困難だった」で済まされるのか

学校側が設置した第三者委員会は、「『卑怯者』という表現など、指導には問題がある」と指摘しました。しかし「自殺の原因とは認定できない」と結論付けています。
両親は「不適切な指導が原因で息子は自死した」として学校側を提訴。裁判は双方の主張が対立したまま、1年が過ぎています。
学校側の主張は、「同様の指導を受けた生徒が自死したことはなく、予測は困難だった」というものです。
わが子を亡くした両親が、それでも「指導は必要」だと声を振り絞る姿に胸が痛みます。両親が問いかけているのは、「指導のあり方」なのです。

「指導死」の疑い、過去33年間で97件

専門家らによる調査によると、「指導死」の疑いがある事例は1989年〜2022年で97件に上ります。
この事態を受け、文部科学省は2022年に生徒指導の手引き「生徒指導提要」を12年ぶりに改訂。「教職員による不適切な指導が、不登校や自殺のきっかけになる場合もある」ことが初めて明記されました。

教員たちの本音——アンケートから見えた「指導への不安」

教育現場では「適切な指導」のあり方をどう捉えているのか。番組取材班は関西の公立・私立高校5校の教員にアンケート調査を実施しました。一部をご紹介します。

回答者:27人(20代〜50代、教職員歴4年〜37年、男性24人・女性3人)

まず、「生徒指導で大切にしていること」「難しいと思うこと」について聞きました。


「起きた事案だけで判断せず、その行為に至った経緯や生育環境、最近の様子など、背景を把握したうえで必要な指導を行うよう心がけている」(50代男性)
「ルールとマナーを守ること。まじめに頑張っている生徒がおろそかにならないこと。世の中や学校のルールよりも、個性というわがままを押し通す大人が増えたこと」(50代男性)
「生徒が将来、社会で生きていくことができる力を身につけさせることを大切にしている。時代の変化もあり、社会や学校、生徒、保護者との関係をうまくつないでいくことに難しさを感じる」(30代男性)
「生徒、教師、保護者など関係するすべての人間が納得できる指導を心がけています。それぞれの立場や思いがあり、思うようにはならないこともある点が難しいです」(50代女性)


これらの回答からわかるのは、教員たちが生徒指導に大きな難しさを感じているということです。
特に目立つのが、「不安」「心配」という言葉です。それだけ自分の指導に自信が持てないということでしょう。

これは学校だけの問題ではない

そして、これは学校だけで起きている問題ではありません。企業でも、部下への指導に悩む上司と同じ構図です。


「強めに指導した後、次の日学校にちゃんと来てくれるか、真っすぐ家に帰るか不安になる」(40代男性)
大切なのは、その日のうちにフォローをすることです。
学校でも会社でも、指導することは必要です。しかし、叱りっぱなしにするのは指導ではありません。また、「強めの指導」とはどの程度を指すのか、という問題もあります。
ある知人の息子さんが通う公立中学校では、生徒を叱ると教員から親にその日のうちに電話がかかってきて、「こういう理由で息子さんを叱りました」と説明があるそうです。


「生徒の顔色や保護者の顔色を気にしながら指導をしないといけない時代」(30代男性)
このように回答している教員もいますが、相手の気持ちを想像し、フォローすることは、本来いつの時代でも必要なことです。


「本当にこのルールは必要なのか、それを守らせることはその子の将来に役立つことになるのだろうかと考えることはあります」(40代男性)
ルールそのものへの迷いを感じている教員もいます。
学校にも会社にも、使われていないルールがたくさんあるのではないでしょうか。誰も守っていないルールに意味はありません。ルールブックは、単なる「紙」です。

学校にも会社にもまん延する「指導したら損?」という空気

「指導死」という言葉が使われることで、指導そのものがしにくくなると感じている教員もいます。


「正直、学校現場には『指導したら損』という雰囲気もあります。生徒や保護者に強く追及され、頑張る人ほどつらい思いをしています。そのような言葉が広がれば、その空気が助長される気もします」(30代男性)
「生徒の命は大切です。そう思っていない教師はいないと思います。指導する中で生徒たちが『指導死』という言葉を盾にすることで、指導がやりにくくなったり、若い先生たちがやる気をなくしてしまったりすることを心配しています」(40代女性)
「指導することは教師の大切な仕事だと私は考える。この言葉が独り歩きし、指導=悪という印象になると、教師は指導しなくなる」(50代男性)


「指導したら損」という空気は、企業にもまん延しています。
「ヘタに指導をするとパワハラと言われる。だったら指導をしないほうがいい」と考える上司が増えています。しかし、指導そのものを放棄するのは、「適切な指導とは何か」という議論からの逃げでしかありません。

それでも「適切な指導」を考える人たちがいる

もちろん、中には「適切な指導」について真剣に考えている教員もいます。


「多くの教員が経験のないことだけに、日常の指導の先に『死』があることに認識が足りない」(40代男性)
「死に追い込んでしまうようなものは指導とは呼べないと感じます」(30代男性)
「大人の言葉ですごく傷つき命を落としてしまう子がいるのは非常に悲しいことで、あってはならないと思います。指導する側はそんな気はなくても死を選んでしまうことを頭に入れて指導していく必要があると思います」(30代女性)


指導者が自覚すべきこと

学校でも会社でも、教員や上司による「指導」や何気ない一言が、生徒や部下の心を深く傷つける場合があります。
パワハラは、被害者をメンタル疾患に追い込み、最悪、命を奪います。
不適切な指導が人の命を奪うことがあるというリスク。そして、自分が発する部下に向ける「コトバ」をより丁寧に選ぶことは、ますます、指導者側は自覚していなければいけない- あらためてご紹介した出来事から私はそう思います。