先日、プロラグビー選手の山川力優さんが書いたnoteを読んで、
手が止まった。
タイトルは「なぜラグビーは夏に過酷な練習をやめられないのか
〜『負ける不安』が選手を追い詰める〜」。
同じリーグワンで戦う選手が練習中に熱中症となり、搬送先の病院で亡くなった。その事実を受けて、山川さんが自身の経験と日本ラグビー界の構造について綴った記事である。
その中に、こんな一文があった。
「試合に出たい選手ほど、外されるのが怖くて、言えない。僕も言えませんでした。言えない構造の中に、僕自身がいました。」
「言えない構造」。
この言葉が強く残った。
ラグビーだけの話ではない。
会社のパワーハラスメントも、企業不正も、重大事故も、
よく似た構図の上で起きることがある。
問題が起きたあと、私たちはつい言う。
「なぜもっと早く言わなかったのか」
「なぜ相談しなかったのか」
「なぜ止めなかったのか」
だが、本当に問うべきはそこではない。
「なぜ言わなかったのか」ではない。
「なぜ言えなかったのか」だ。
「わかっている」のに、なぜ止まらないのか
山川選手は熱中症対策について、こう書いている。
「熱中症の対策なんて、現場のみんなが『わかってる』んです。
わかっているのに、それでも事故は起きる。ということは、
これは知識の問題やなくて、構造の問題です。」
この指摘は、ハラスメント防止にもそのまま当てはまる。
多くの企業が毎年のようにハラスメント研修を実施している。
人格を否定してはいけない。
感情的に怒鳴ってはいけない。
部下の話を聴く。
困ったら相談窓口を利用する。
管理職の多くは、もうすでに知っている。
それでも、ハラスメントは起きる。
だとすれば、知識不足だけの問題ではない。
知っていても、その通りに行動できなくなる「何か」が、
組織の中に潜んでいる。
私は、そこを見なければならないと思っている。
「負ける不安」と「数字を落とす不安」
なぜ指導者は危険な練習を止められないのか。
山川選手はこう考えている。
「原因は、指導者個人の問題やなくて、『負けたら後がない』
という強烈な不安にあると思っています。」
相手チームがやっているかもしれない練習を、自分たちだけやめる。
それは指導者にとっても怖い。
企業組織と、驚くほど似た構図がここにある。
「今期の数字を落とせない」
「この目標は絶対だ」
「競合はもっとやっている」
「自分だけ未達では終われない」
その不安を抱えた管理職が、自分のところで圧力を止められず、
さらに下へ流してしまう。
「もう少し頑張れ」
「今月だけだから」
「みんなやっている」
その「もう少し」の蓄積の先に、長時間労働があり、
心身の不調があり、ハラスメントが生まれることがある。
そして、同じ構造は企業不正にもつながる。
利益を出さなければならない。
数字を達成しなければならない。
納期を守らなければならない。
プレッシャーが極端に強まれば、
「これくらいなら」
「今回だけなら」
という判断が積み重なり、ルール違反や隠蔽へ流れていくことがある。
私は、ハラスメントと企業不正はまったく別の問題ではないと
考えている。
「数字や結果への過剰なプレッシャー」という同じ土壌から
生まれることがある。 だから、ハラスメントという現象だけを
見ていても、その組織が抱えている本当の問題は見えてこない。
横浜市役所にもあった「NOと言えない構造」
このnoteを読みながら、横浜市が公表した、市長の言動に関する
第三者調査報告書を思い出した。
報告書で私が注目したのは、市長の個々の言動だけではない。
上位者の意向に沿わなければ人事上の不利益を受けるのではないか
という懸念、職員の萎縮、そして本来であれば働くべき組織内部の抑止
や牽制が十分に機能しなかったという点である。
つまり、問われているのは「誰が何を言ったか」だけではない。
なぜ、周囲は止められなかったのか。
ここに組織の問題がある。
ラグビーと市役所。
接点などないはずの二つの世界である。
だが、そこには共通する構造がある。
上の人に異論を言えば、自分の立場が危うくなるかもしれない。
評価に響くかもしれない。
試合に出られなくなるかもしれない。
異動させられるかもしれない。
そう感じれば、人は次第に黙る。
そして怖いのは、その沈黙が一人で終わらず、組織全体へ
広がっていくことだ。
パワーハラスメントを「問題のある上司」の話だけで終わらせれば、
この構造を見落とす。
その上司自身は、その上にNOと言えているのか。
その幹部は、トップにNOと言えているのか。
不安を抱えた人間が、その不安をさらに立場の弱い人間へ流す。
ここに、ハラスメントが連鎖する理由の一つがある。
心理的安全性は、数字の前で機能するのか
企業では最近、「心理的安全性」という言葉がよく使われる。
「何でも言ってください」
「異論を歓迎します」
「困ったら相談してください」
もちろん大切である。
だが、その一方で、
「数字は絶対達成しろ」
「失敗は許されない」
「未達なら評価を下げる」
というメッセージが流れていたら、人はどちらを信じるだろうか。
私は、組織の本当の価値観は、掲げる言葉には現れないと思っている。
何かと何かが衝突したとき、どちらを優先するのか。
そこに現れる。
人の安全と数字がぶつかったとき。
コンプライアンスと利益がぶつかったとき。
部下の健康と納期がぶつかったとき。
組織はどちらを選ぶのか。
社員は、その判断を見ている。
「人を大切にする」と書かれた理念よりも、数字と人がぶつかった
瞬間に経営が何を選んだのかを見ている。
そこで数字ばかりが優先されれば、「何でも言ってください」
と言われても、社員は本当のメッセージを理解する。
結局、数字の方が大事なのだ、と。
心理的安全性は、制度やスローガンだけではつくれない。
評価や処遇、そして経営の判断まで含めて、「本当に言っても大丈夫だ」と感じられる環境がなければ、絵に描いた餅で終わる。
「上が止める」しかない
山川選手の記事で、最も考えさせられた言葉の一つがある。
「上が『止める』しかない」
現場の指導者が「他チームはやっているのに、自分たちだけ止めたら
負ける」と不安を抱くなら、現場だけに判断を委ねてはいけない。
全チームに共通するルールをつくり、一定の条件になれば必ず止める。
重要なのは、そのルールが指導者を処罰するためだけのものではないということだ。
むしろ、指導者自身を「止めたくても止められない状況」から守るための仕組みでもある。
これは企業のガバナンスにも通じる。
「現場で適切に判断してください」
「コンプライアンスを守りながら数字も達成してください」
それだけでは足りない。
現場には利害がある。
評価がある。
競争がある。
だからこそ、組織として、
「ここから先はやってはいけない」
という線を引く必要がある。
良いルールとは、人を縛るだけのものではない。
正しい判断をしたい人間が、正しい判断をできるように守るものだ。
「死ぬために練習しているんじゃない」
そして、山川選手の記事には、私の胸に強く刺さった言葉が
もう一つあった。
「熱中症で死んだら、プロとか関係ない。
僕らは強くなるために練習しているのであって、死ぬために
練習しているんじゃない」
この言葉を読んだとき、私は仕事もまったく同じではないかと思った。
私たちは成果を出すために働いている。
会社を成長させるために働いている。
プロとして責任を果たすために働いている。
しかし、心身を壊すために働いているのではない。
まして、死ぬために働いているのではない。
「プロなんだから」
「管理職なんだから」
「給料をもらっているんだから」
「それくらいのプレッシャーには耐えるべきだ」
そんな言葉が、人の限界を見えなくさせることがある。
上司からのパワーハラスメントによって人が追い詰められ、
命まで失うことになったら、プロかどうかなど関係ない。
成果を出すことと、人の命や健康を犠牲にすることは、
まったく別の話である。
「メンタル」という言葉で、人の苦しみを軽くしていないか
私は、「メンタル」という言葉があまりにも簡単に使われていることにも違和感がある。
「メンタルが弱い」
「もっとメンタルを鍛えた方がいい」
「心の風邪みたいなものだから」
そんな言葉を耳にすることがある。
しかし、人の心が壊れていく苦しさを、そんな簡単な言葉で
片づけていいのだろうか。
私は時々思う。
メンタルの疾患を軽く見るのなら、その苦しさを経験してから言
ってほしい、と。
もちろん、同じ経験をしなければ人の苦しみを理解できない、
と言いたいのではない。
人は、他人の痛みを完全に経験することなどできない。
だからこそ必要なのが、想像することなのだと思う。
私はそこに、「同悲同喜」という言葉を重ねたい。
人の悲しみを自分の悲しみとして感じ、人の喜びを自分の喜び
として感じる。
同じ痛みを経験していなくても、その人が何を感じ、どれほど
苦しんでいるのかを想像しようとすることはできる。
職場に必要なのは、「もっと強くなれ」と突き放す人ではなく、
「この人はいま、どれほど苦しいのだろう」
と想像できる人ではないだろうか。
そんな想いを持てる人が、上司にも、同僚にも、そして経営者にも、
もっと増えてほしいと思う。
「本人の自己管理」で片づけてはいけない
山川選手は、もし自分が最悪の結果になっていたら、
「走り込みが足りなかったんじゃないか」
「体調が悪いなら申告すればよかった」
「自己管理ができていなかったんじゃないか」
と言われたかもしれない、と書く。
そして、こう続ける。
「僕は、言えなかっただけです。」
この一文は重い。
企業でも同じことが起きる。
「つらかったなら早く相談すればよかった」
「無理なら断ればよかった」
「自分で体調管理すべきだった」
しかし、言えない職場をつくっておいて、問題が起きたあとで
本人の自己責任へ差し戻す。
それでは何も変わらない。
むしろ、次に同じ状況になった人もまた言えなくなる。
「NOと言えなかった人」に勇気がなかったのではない。
「NOと言ったら何かを失う」と感じさせる組織だったのではないか。
そこを問わなければならない。
ハラスメントは、人と組織を映す鏡である
私は、ハラスメントとは、人と組織を映す鏡だと思っている。
誰かが強い言葉を使った。
部下を追い込んだ。
その行為だけを切り取れば、「問題のある上司」という結論で終わる。
もちろん、行為者の責任がなくなるわけではない。
しかし、そこで思考を止めてはいけない。
その背後には何があったのか。
過剰な目標。
評価への不安。
失敗を許さない空気。
「みんなやっている」という同調圧力。
上に異論を言えない関係。
そして、人よりも数字と結果を優先する組織の価値観。
そこまで見て初めて、なぜその職場でハラスメントが起きたのかが
見えてくる。
ラグビーのグラウンドで「休ませてください」と言えなかった選手。
市役所で上位者に異論を言えなかった職員。
会社で上司に「それは無理です」と言えない部下。
舞台はまったく異なる。
だが、突きつけてくる問いは同じだ。
あなたの会社では、部下は上司に「NO」と言えるだろうか。
そして、
その上司は、さらに上の人間に「NO」と言えるだろうか。
経営幹部は、トップに「それは違う」と言えるだろうか。
もし、誰もNOと言えない組織だとしたら。
その組織で本当に守られているのは何だろう。
人なのか。
それとも、
数字なのか。
「強くなるために練習しているのであって、
死ぬために練習しているんじゃない」
この言葉を、私は働く世界にも置き換えて考えたい。
私たちは、成果を出すために働いている。
成長するために働いている。
誰かの役に立つために働いている。
心身を壊すために働いているのではない。
まして、死ぬために働いているのではない。
そして最後に、もう一度問い直したい。
「NO」と言えないのは、本当にその人の勇気の問題
なのだろうか。
それとも、
「NO」と言わせない組織の問題なのだろうか。
引用出典
・yamakawa_ rikyu(山川力優 氏)
「なぜラグビーは夏に過酷な練習をやめられないのか〜『負ける不安』が選手を追い詰める〜」note (2026年8月15日)
・横浜市「横浜市長の言動にかかる第三者による調査 調査報告書」(2026年7月30日)
この記事を書いた人
藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー
「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」
20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。
アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。 このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
よりよい対話と関係を生み出すヒントを発信していきます。
職場の「わかっているはず」を、言葉に変える。
そんな思いで、このブログを書いています。
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