パワハラが飯をマズくする。

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「いきなりシッセキ」

 とあるステーキ店での出来事です。テレワーク中の久しぶりの遅いランチ。お店に入ったのは15時頃だったと思います。そこのお店の売りは、オープンキッチンで席から肉を焼く様子もよく見ることができるのです。シズル感満載で、久しぶりのステーキにワクワクしながら席に案内されました。

注文を終えてから、一人スマホをいじっていると、何やらオープンカウンターの厨房から大声の怒鳴り声がいきなり聞こえてくるのです。

「そうじゃないだよ、もっとこうやって焼くんだよ」

店長らしき人でしょうか? 15時頃ですから店内は人もまばら。

 店内もそれほど広いわけではありません。二人の会話を聞きたくなくても勝手に聞こえてくるのですが、どうも店長らしきベテランが中途で入った新入社員にお肉の焼き方を教えているようなのです。まだ手元がおぼつかない新人さんにイライラしている様子が、ライブ感満載で聞こえてくるし、その様子もアリアリと見えるのです。

まるで、人の会社の部下指導をライブでみている感じなのです。

「さっきも教えただろ、忘れるなよ」

「肉の色みればわかるだろ」

「お前さ、なんど言ったらわかるんだよ。小学生じゃないんだよ」

(あー、「小学生」言ちゃった・・・パワハラだな。やめてときゃいいのに)

 声の大きさがだんだん大きくなる店長の様子と比例して、店内のスタッフの顔色が暗くなって、入店するお客様へ「いらっしゃいませ」の声も小さくなっているのです。みんな見て見ぬふりの様子で、静かに自分の持ち場で真顔に専念しています。店内の空気も徐々に重くなっていきます。

どうも、ステーキを食べる雰囲気ではなくなってきます。

「あ、居心地が悪くなってきた」

 しっかり肉を焼いてもらうようにお願いしたこともあり、注文したお肉が出てくるのに時間がかかるのです。注文したステーキがでてくるまで15分くらいでしょうか?もっと時間がかかったように感じるのです。必死で声を聞かないようにスマホをいじる以外ありません。なによりも、もうはやくこの店でたいな、そんな気持ちが高まってきたので、本当にお金を払って出ようかなと思った矢先に「お待たせしました」とステーキが運ばれてきました。

香ばしい香りと、ジュージューと音を立てたステーキが熱い鉄板にのって机におかれた途端に、

「おい、また失敗したのか!」

「お前のせいで、肉が何枚無駄になるだろう」

「前の会社で何をやってきたんだ」

店内の陽気なアメリカンミュージックを遮るように、上司の声が次から次へと聞こえてきます。

 このような上司の注意や、ため息をききながら、ステーキを食べることは人生で初めての経験でしたが、「味気ない」とはこういうことだ、と思うくらいおいしく感じられないのです。正直、さっさと平らげてお店を出てしまいました。

もしこれが職場のランチの時間に、上司の職場の誰かへの叱責を聞きながらお弁当を食べていたら、休憩?どころではありませんし、気も休まりませんよね。

「ESってなんだっけ?」

 特に、総務、経理といった事務の仕事とは異なり、目の前にお客様の前で実際に肉の焼き方を指導しなければならない飲食店固有な環境かもしれません。一方で、その自分の指導の声が、カウンターを超えて、お客様にも届いていること、なによりも料理をマズくしていること、自分がパワハラ言動をしていることに気が付かない上司の想像力の欠如がわかります。肉の焼き色よりも、部下の顔色とお客様の様子にも気遣って欲しいものです。

 「何度言ったらわかるんだ」という言葉からも、私が遭遇した以前からも何回も同じような状況が繰り返されていたのかもしれません。特にお客様がいる環境で指導するときには、コトバ遣いや、それ以外の場所でのフォローの仕方も必要です。しばらくの間、その指導の様子は脳裏に焼き付いていました。他人事ですがモヤモヤした気持ちが残りました。

 これを会社の職場(特に事務系)に置き換えると同じですね。上司は指導のつもりで叱責しているものの、周囲の部下に丸聞こえ。本人はその指導に酔いしれているのかわかりませんが、周りからすればいい迷惑。昔から「ESがよくなればCSもよくなる」といった既に言葉は聞き飽きているかもしれません。もし、オープンキッチン内での部下指導が、短時間で的確に、厳しくも、温かみのある指導のように聞こえれば、出てくる料理も期待が出来たかもしれません。

「お代を払って体験したパワハラ」

偶然の出来事でしたが、改めて職場における上司の影響力を改めて痛感しました。

 上司は、新人に肉の焼き方の指導で精一杯ですが、その一方で、ホールスタッフのメンバーが、上司のイライラ声が大きくなるたびに、徐々に表情が曇る様子、徐々にやる気がなくなり、サービスの質が下がり、お互いの声が小さく、言葉数も減り、自分の担当の仕事しかしない様子がアリアリと分かるのです。
 もし、これが続けば、お客様も居心地が悪くなり、結果、お客様が入らない、売上が下がるという悪循環に陥るかもしれません。まるでよくあるハラスメントのビデオ講座をライブで見ているようでしたが、働きやすい職場をつくることがいかに大事か痛感したのです。

 美味しい料理を提供するのは料理人、つまり人です。会社でもいいサービスを提供するのは人です。あなたの会社でどんなに素晴らしい商品を扱っていても、それを届ける人、つまり従業員の士気が下がっていては商品の魅力は、お客様には半減しているように映るかもしれません。最悪の場合、その商品を買わなくなるかもしれません。

 どこの会社でも、上司の態度や姿勢は、部下は本当によく見ています。不思議と上司の悪い部分だけは、部下は容易に真似をします。職場がお店ならば、お客様だってもっとよく見ているものです。

 働く場所や、働き方の形態がどんなにかわっても、指導の本質は今後も何も変わりません。パワハラ問題を考える上で、もう一度、指導するときにマイナスの感情をまとったコトバは、いかにあらゆるモノやヒトを不幸にすることにいきなり気づかされました。何もこの飲食店業に限らず、すべての働く人が知って欲しいことだと思います。

上司の皆さん、今年はどうぞテレワーク中の部下のランチが美味しくなるような指導やコトバかけをしましょう!

ハラスメント研修企画会議 主宰 藤山晴久

株式会社インプレッション・ラーニング  代表取締役、産業カウンセラー。立教大学経済学部卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修企画営業部門のマネージャーとして一部上場企業を中心にコンプライアンス、ハラスメント研修等を企画。2009年株式会社インプレッション・ラーニングを設立。起業後、企業研修プランナーとして「ハラスメントの悩みから解放されたい」「自分の指導に自信を持ちたい」「部下との関係性をよくしたい」……といったハラスメントにおびえながら部下指導に悩む管理職に年間200件のセクハラ、パワハラ研修を企画し、研修を提供。会社員時代の研修コンテンツでは決して企画することが出来なかった 「グレーゾーン問題」に特化したハラスメント研修を日本で一早く企画し実施。 起業後10年間で約2,000件、約30万人以上に研修を企画してきた。