「死球」「刺殺」「併殺」。
野球を知っている人なら、ごく当たり前に使ってきた言葉だろう。
その「当たり前」に、宮城県高校野球連盟が問いを投げかけた。
「野球用語を考えてみませんか?」
すぐに言葉を変えよう、禁止しよう、という話ではない。
私が興味を持ったのは、むしろ、この問題提起が生まれた背景だった。
高校野球のグラウンドでは、
「殺せ!」
「刺せ!」
「盗め!」
といった言葉が飛び交うことがあるという。
もちろん、本当に殺したり、刺したり、盗んだりする意味ではない。
言う側にも、おそらく悪気はない。
野球を長くやってきた人なら、「そういうものだ」と聞き流す言葉なのかもしれない。
しかし、初めて野球の現場に来た子どもが聞いたら、どう感じるだろうか。
宮城県高野連が投げかけているのは、まさにそこへの問いである。
「そんな意味で言ったのではない」
「昔からそう言ってきた」
「みんな分かっている」
それで、本当にいいのだろうか。
この記事を読みながら、私は企業のパワハラ問題とよく似ていると感じた。 問題になる言葉の多くは、最初から相手を傷つけようとして発せられているわけではない。
むしろ厄介なのは、言っている本人も、周囲も、それを問題だと思っていないことである。
「昔から普通だった」という言葉の中に、組織の問題が隠れている。
目次
「昔から普通だった」という免罪符
企業研修に伺っていると、繰り返し耳にする言葉がある。
「昔はこれくらい普通だった」
「悪気はなかった」
「この業界では昔からこの言い方だ」
ある職場で問題になる言動が、別の職場では平然と使われている。
その差を生んでいるものの一つが、職場の慣習である。
人は同じ環境に長く身を置けば、その「当たり前」を無自覚に取り込んでいく。
最初は引っかかった言葉も、毎日聞いているうちに違和感が薄れていく。そして自分が上司になったとき、今度はその言葉を発する側に回る。
「自分もそう育てられたから」。
こうして受け継がれていくのは、言葉だけではない。
その奥にある価値観である。
長くいる人ほど、おかしさに気づけない
これは特定の一社の話ではない。
業種や規模の異なる企業の研修に伺うなかで、私は似たような構図を何度も目にしてきた。
管理職研修で、こんな質問を投げることがある。
「今の職場で、これは言い過ぎだと思う言葉はありますか」
多くの場合、反応は薄い。
特に思い当たらない、という表情が返ってくる。
ところが、同じような問いを若手社員にすると、違った反応が返ってくることがある。
管理職の耳にはもう何も引っかからなくなっている言葉が、若手社員の耳には「なぜ、こんな言い方をするのだろう」と違和感として届いている。
これは、能力や誠実さの差ではない。
むしろ真面目に部下を育てようとしている管理職ほど、自分が慣れ親しんできた言葉や指導の仕方を疑う機会がないこともある。
長く同じ場所にいるということは、それだけで感覚が慣れてしまうことがある。
野球でも、職場でも、それは変わらない。
だからこそ、「そんな意味で言っていない」「悪気はなかった」という説明だけでは十分ではない。
自分がどういうつもりで発したかだけではなく、相手にはどう届いたのか。
そして、その組織の文化を知らない人には、どう見えるのか。
その視点を失ったとき、組織の「当たり前」と社会の「当たり前」は、少しずつずれ始める。
「人」だけを見ても、組織は変わらない
パワハラが起きると、私たちは本人にばかり目を向ける。
「あの管理職のコミュニケーションが悪い」
「あの人は感情的になりやすい」
もちろん、本人の言動改善は必要である。
だが、それだけで十分だとは、私は考えていない。
なぜその人物は、その言葉を使うようになったのか。
なぜ周囲は止めなかったのか。
上司はそれをどう見ていたのか。
同じような言動が、職場のあちこちで既に起きていなかったか。
さらに言えば、
「結果さえ出せば多少厳しくても構わない」
という価値観を、組織そのものが持っていなかっただろうか。
視点を「人」から「職場」、そして「組織」へ広げれば、パワハラは
個人のコミュニケーション不全だけでは説明できなくなる。
その人の言動を許容し、場合によっては強化してきた職場の空気や
組織の価値観まで見なければ、本当の原因は見えてこない。
ハラスメントとは、人と組織を映す鏡である。
私は、そう考えている。
言葉を変えれば解決するのか
では、「死球」を別の言葉に置き換えれば、問題は解決するのだろうか。
私は、そう単純な話ではないと思う。
「死球」という言葉を変えたところで、野球界の文化そのものが変わる わけではない。
企業も同じである。
「呼び捨てをやめよう」
「さん付けにしよう」
「乱暴な言葉は禁止しよう」
もちろん、無意味ではない。
言葉を変えることで、人の意識や行動が変わることもある。
しかし、表面の言葉だけを差し替えて、その奥にある価値観が変わらなければ、本質的な問題は残ったままである。
問うべきなのは、「この言葉は禁止」という線引きだけではない。
なぜ私たちは、この言葉を当たり前だと思ってきたのか。
なぜ違和感を持たなくなったのか。
なぜ誰も「それ、おかしくないですか」と言わなかったのか。
そこには、先輩から後輩へ、上司から部下へと受け継がれてきた、
その組織固有の価値観がある。
そして、その「当たり前」の中にこそ、ハラスメントを育てる土壌が潜んでいることがある。
「違和感」は組織を映すセンサーである
研修の現場で感じるのは、「何を言ってはいけないか」を覚えるだけでは、いずれ限界が来るということだ。
それ以上に重要なのは、自分たちの職場の「当たり前」そのものを疑う姿勢である。
「昔からこうだった」
「みんな我慢してきた」
「この業界では普通だ」
こうした言葉が出たときこそ、一度立ち止まってみる必要があるのではないか。
社会は変わる。
人の価値観も変わる。
そして、そこで働く人も変わっていく。
それなのに職場の常識だけが何十年も止まったままなら、いつか社会との間に大きなずれが生まれる。
私は、ハラスメント防止において、この「ずれ」に気づくことが非常に
重要だと考えている。
問題が表面化してから、
「誰が悪かったのか」
「どの発言がアウトだったのか」
と検証することも必要である。
しかし、その前にできることがある。
職場の中にある小さな違和感を拾うことである。
新しく入ってきた社員が、
「なぜ、こんな言い方をするのだろう」
「なぜ、誰も何も言わないのだろう」
と感じたとき、その感覚を「最近の若者は気にしすぎる」で
片づけてしまわない。
長くいる人には見えなくなったものを、新しく入ってきた人が
見つけている可能性があるからだ。
違和感は、単なる不満ではない。
組織の「当たり前」が社会の感覚とずれ始めていることを
知らせるセンサーにもなり得る。
「当たり前」を疑える組織であるか
宮城県高野連が投げかけたのは、「死球を禁止しましょう」という単純な話ではない。
公式サイトにもあるように、あくまで「野球用語を考えてみませんか?」という問題提起である。
長く使われてきた言葉を、今の時代の目でもう一度見直してみる。
私は、その姿勢そのものに意味があると思う。
そして、この問いはそのまま企業にも向けることができる。
あなたの職場にも、長くいる人には聞こえなくなった言葉はないだろうか。
「昔から普通だった」という理由だけで、受け継がれてきた慣習はないだろうか。
「自分もそうやって育てられた」という理由で、次の世代にも同じことを求めてはいないだろうか。
新しく入ってきた人の目で、自分たちの職場を見直してみる。
そこで生まれる小さな違和感は、単なる「最近の若者の感覚」
ではないかもしれない。
組織が変わるための、重要なサインかもしれないのである。
パワハラをなくす第一歩は、問題のある人間を探し出すことだけ
ではない。
自分たちが、もはや疑わなくなった「当たり前」に気づくこと。
そこから始まるのではないだろうか。
死球は、投げた側に当てる意図がなくても、当たった側には痛みが残る。
職場の言葉も、同じではないだろうか。
参考・出典
・集英社オンライン「〈『一死』『併殺』『死球』が消える?〉『殺せ』『刺せ』が飛び交う野球界に宮城県高野連が問題提起…『言葉狩り』批判に理事長が語った“真意”」(2026年8月21日)
・宮城県高等学校野球連盟「野球用語を考えてみませんか?」
この記事を書いた人
藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー
「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」
20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。
立教大学卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
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