日別アーカイブ: 2026年5月29日

パワハラじゃない。     でも確実に人を潰している“無礼”の正体 ― パワハラ以前の問題が職場を静かに壊す。

「パワハラは許されない」

日本でもかなり広がりました。法制度も整い、研修も実施され、企業は対策を進めています。

でも現場はどうでしょう。

怒鳴る、脅す、人格を否定する -そういった“わかりやすいハラスメント”は確かに減ってきた。なのに、組織の疲弊感がなくならない。そんな会社が、まだたくさんあります。パワハラの報道も止まりません。

研修の現場でも感じます。
「制度を整えたのに、なんとなく職場の空気が重い」
「ハラスメント研修をしたのに、また相談が来た」

という声を、人事担当者から聞くたびに、私はこう思うのです。

問題は、パワハラの始まりはもっと「手前」にあるんじゃないか、と。

「礼節を欠く態度」が、じわじわと職場を壊す

  今回紹介したいのは、Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior(2026年)に掲載されたレビュー論文「Workplace Incivility(職場無礼行為)」(Magley, Kabat-Farr, Malcore, Walsh)です。

25年分の研究を丁寧に整理した論文ですが、その問題提起は非常にシンプルです。
「職場に蔓延する“礼節を欠く態度”が、個人の心身だけでなく、組織の生産性までむしばんでいる」論文ではこれを incivility(インシビリティ) と呼んでいます。

特徴は三つです。

• 強度が低いこと
• 相手を傷つける意図が曖昧であること
• 相互尊重という職場規範に反すること

つまり、怒鳴るわけでも、脅すわけでもない。
でも「なんか感じが悪い」「軽く扱われた気がする」と感じる行動です。
日本の職場で思い当たる場面を挙げるとすれば、こういうことです。

会議で話を途中で遮る。
「は?」「で?」という返しで相手を萎縮させる。
ため息をつく。
目を合わせない。
感謝やねぎらいの言葉を省く。

雑な指示や投げるような依頼が当たり前になっている。

どれも単体では「ちょっと嫌だな」で終わりがちです。
ところが、この“ちょっと”の積み重ねが、じわじわと組織を蝕んでいく。
それが論文の主張です。

75% -「例外」ではなく、「普通に起きている」

  論文が示す職場の無礼行為の経験率は、推定75%です。
4人いれば3人が経験しているレベルです。

いじめやハラスメントより発生頻度が高く、世界規模で見れば生産性損失は巨額だとされています。
ここで重要なのは、無礼が「悪い人がやる特殊な問題」ではないという点です。

忙しい。
余裕がない。
成果プレッシャーが強い。
役割が曖昧。
上司が不公正。

こうした条件が重なると、無礼は日常化します。
組織の「当たり前」として起きるのです。

そして日本の職場は、この条件をいくつも抱えています。

長時間労働。
曖昧な職務定義。
感情労働。
年功序列の名残。
同調圧力。

無礼が起きても、
「まあそんなもんだ」
「あの人はそういう人だから」
と片付けられてしまう。


なぜ見落とされるのか-「意図が曖昧」
という厄介さ


 パワハラは、優越的な関係を背景に、業務上必要な範囲を超えて、
就業環境を害する言動として定義されています。
ところが無礼は、「傷つける意図が曖昧」であることです。

だから現場では、こういうことが起きます。

やった側は、
「そんなつもりはなかった」
と言う。

見ている側は、
「大げさに騒ぐほどではない」
と感じる。

受けた側は、
「自分が敏感なだけかもしれない」
と思ってしまう。

組織は、
「ハラスメント案件としては弱い」
と判断する。

この構造そのものが、無礼を温存します。
白か黒かではなく、グレーの量で組織を壊していく。
ここがパワハラとの決定的な違いであり、日本で最も見落とされやすい
ポイントだと私は感じています。

無礼は「感染」する

  論文で興味深いのが、無礼が拡散するメカニズムの説明です。
一つはスパイラルです。
無礼を受けた人が別の誰かに八つ当たりする。
目撃した人が同じ態度を学習する。
やがて低強度の無礼が、より強い敵対行動へと変わっていく。

もう一つは「認知の感染」です。

無礼を経験すると、人は他人の言動を悪い方向に受け取りやすくなります。
これまでなら気にならなかった一言や態度まで、「自分を軽く扱っているのではないか」と感じやすくなるのです。

つまり、無礼は「見え方」まで変えてしまう。
職場の会話が刺々しく感じられ、疑心暗鬼が広がる。
これは、現場感覚とぴったり一致します。
一人の態度が悪いと、なぜか全体の会話が荒れていく。
誰かが雑に扱われているのを見ると、
「丁寧にするのが馬鹿らしい」
という気分になる。

あの“職場の雰囲気の悪化”は、まさにこの拡散メカニズムで説明できます。

パワハラ対策をしても、なぜ組織が回復しないのか

 論文が示す影響は広範です。
無礼を受けた人は、仕事満足が下がり、組織へのコミットメントが下がり、
離職意図が上がる。
パフォーマンスや市民行動が下がり、反生産的行動が増える。
睡眠悪化、ストレス、情緒的消耗など、健康面にも影響が出る。
事件化しなくても、組織の土台が静かに削られていくのです。
私がここを一番怖いと思っています。

 日本企業は「明確なNG」は止められても、相手への配慮や敬意を欠くコミュニケーションは残りやすい。
するとハラスメント対策をしても、組織が回復しない。
さらに論文は、無礼の発生が個人の資質よりも、職場の気候や規範といった「文脈」によって強く左右されることを示唆しています。

対策は「個人にマナーを教える」だけでは足りません。

本気で本気で取り組むなら、「何をしてはいけないか」だけではなく、「どのような態度を大切にする職場なのか」を明確にする必要があります。
その意味で、インシビリティ(無礼)の問題は、今後の組織づくりに不可欠なテーマになります。

「昭和的な当たり前」に刺さる論文

  日本のパワハラ議論は、どうしても「強い言動」「優越関係」「適法・違法」に寄りがちです。
もちろんそれは重要です。

でも現場では、もっと手前の段階で問題は起きています。

乱暴な口調。
目を合わせない。
雑な依頼。
話を遮る。
無視する。
感謝を伝えない。
説明を省略する。

こういった“日常の無礼”が、職場を荒らし、人を辞めさせ、成果を落とす。

そして日本では、これが
「仕事なんだから我慢しろ」
「昔からこうだった」
「空気を読め」
で正当化されやすい。

論文は、無礼が低強度で曖昧だからこそ、ラベルも貼られず、改善もされず、拡散し続けることを丁寧に論じています。

日本の職場文化の盲点に、まっすぐ刺さる内容です。

パワハラ対策の次の一手として
パワハラ対策を考えるとき、私たちは「強い加害」だけを見てしまいがちです。
でも本当に組織を壊しているのは、「雑さ」「冷たさ」「軽視」の積み重ねかも
しれない。

この論文は、その“パワハラ以前”の問題を照らしてくれます。
ハラスメント対策を再発防止まで持っていきたいと考えている人事担当者や
管理職のみなさんに、ぜひ一度手に取ってほしい論文です。

そして最後に、こんな問いを投げかけたいと思います。

パワハラをなくそう。
もちろん、それは大切です。

でも組織を壊しているのは、必ずしも怒鳴り声ではありません。

話を遮ること。
感謝を言わないこと。
雑に頼むこと。
相手を軽く扱うこと。

そんな小さな無礼の積み重ねが、職場の空気をつくります。

あなたの職場では、どんな態度が「当たり前」になっているでしょうか。

パワハラ対策の次の一手は、その問いから始まるのかもしれません。


参考文献
Magley, V. J., Kabat-Farr, D., Malcore, S. A., & Walsh, B. M. (2026). Workplace Incivility. Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 13, 325–352.
※本記事は上記論文の内容をもとに執筆しています。職場の「無礼」が個人だけでなく組織全体に与える影響について、さらに詳しく知りたい方は原典をご覧ください。

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この記事を書いた人

藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
ハラスメント研修プランナー/講師/産業カウンセラー
企業の管理職が「ハラスメントを恐れて部下指導ができない」という悩みを解決する研修を専門とする。
アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修、ハラスメント研修を企画。
2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。
企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。
年間約200件の研修を企画・実施し、これまで約30万人以上が受講。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。 
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。
このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
よりよい対話と関係を生み出すヒントを発信していきます。
職場の「わかっているはず」を、言葉に変える。
そんな思いで、このブログを書いています。

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