「お前、何やってるんだ」。
ハラスメント研修の現場で、繰り返し耳にする言葉である。
言った本人は指導のつもり。
言われた側には、叱責や人格否定として残ることがある。
2026年10月30日、巨人の松井秀喜新監督は、秋季キャンプの初訓示で、
これによく似た言葉を口にした。
「俺、今なにやってるの?」。ただし、主語が違う。
「お前」ではなく「俺」。他人に向ければ叱責、自分に向ければ内省。
言葉の中身ではない。矢印の向きである。
指導とは、相手を問い詰めることではない。
相手が自分に問いかける力を育てることである。パワハラを恐れて指導に
戸惑う管理職にこそ、考えてほしい問いだ。
「頑張れ」ではなく「出し切れ」
松井監督は「100%出し切る意識」を求めた。
注目したいのは「出し切る」という動詞である。
職場は「120%の力を出せ」が好きだ。だが、問題は100か120かではない。
基準がどこにあるかである。上司の期待か。本人が動かせる行動か。
上司の期待を基準にすれば、要求に際限はない。
100%でさえ、使い方を誤れば過剰な要求になる。
一方、松井監督が求めたのは、「自分でコントロールできること」に
出し切ることだった。
試合には相手がいる。結果は思い通りにならない。
だが、目の前の練習にどう向き合うかは自分で決められる。
今ある力を、出し惜しみしない。自分で変えられる行動に目を向けている。
結果を責めても人は育たない。求めるべきは、本人が変えられる行動の質である。
出し切ったら、寝ろ
ここで終わらないのが、松井監督の訓示である。
「睡眠しっかりとる、それもトレーニング」。
出し切るとは、空になること。空になったら、満たす。
努力と回復は対立しない。一つのセットである。
多くの職場は、この後半を忘れる。
「もっと頑張れ」とは言う。「しっかり休め」とは言わない。
それは育成ではない。消耗である。
努力を求めるなら、努力を支える環境を整える責任は、上司と組織の側にある。
「24時間平等」と言える上司の条件
「みんな平等に24時間ある」。よく聞く言葉だ。
だが、この言葉を口にするには条件がある。
部下の24時間を、上司が奪っていないこと。
終業後のチャット。休日の「ちょっといい?」。終わりの見えない会議。
部下の時間を食い潰しておいて「時間は平等だ」と言うのは、矛盾ではないか。
松井監督は、成長を支えるスタッフも施設も揃っていると伝え、その活用を促した。
努力を個人任せにするのではなく、成長を支える環境にも目を向けている。
私はそこに、この言葉の説得力を感じた。
成果の「期限」より、成長の「過程」
松井監督は、成果が「いつ、どのくらい、どうやって」出るかはわからない
とも語った。
企業に期限は必要である。だが、人の成長は計画どおりには進まない。
すぐ伸びる人もいれば、時間をかけて化ける人もいる。
問われるのは、期限を切ることではない。
その間、過程を見ているかどうかである。出ない成果を責め続けるのか。
何ができるようになったかを一緒に確かめるのか。
その差は、やがて部下の伸び方の差になる。
「寝てるとは何事だ」と言わなかった監督
訓示の途中、松井監督は「睡眠しっかりとる、それもトレーニング」と語り、
若手の西舘投手に「なあ、西舘、そうだよね」と話を振った。
伏線がある。訓示の6日前、松井監督がジャイアンツ球場を訪れた日。
西舘投手はトレーナー室で爆睡していた。新監督が隣を通っても起きない。
球団公式YouTubeが配信したその映像は、2日間で300万回再生を超え、
韓国の新聞にまで載ったという。
もし、これが職場だったらどうか。
「上司が来ているのに寝ているとは何事だ」。
そう叱る人もいるだろう。
だが、松井監督の第一声は「いいね!熟睡して羨ましい」だった。
叱らない。それどころか、羨ましがる。
トレーナー室は休むための部屋である。
少なくとも松井監督は、休んでいる選手を頭ごなしに責めなかった。
そして6日後、全選手の前で「睡眠もトレーニング」と語り、西舘投手に話を振る。
名指しはした。だが、責める言葉は一つもなかった。
私はこれを、選手を責めることなく、チーム全体に休息の大切さを伝える言葉
として受け取った。
「やらかし」が、チームへのメッセージに変わった瞬間である。
ただし、断っておきたい。職場の「いじり」は、ハラスメントでは
要注意の言葉である。
現に西舘投手自身、「悪い時に『また寝てんのか』と言われそう」と語っている。
調子のいい時は笑い話。調子が落ちた途端、同じネタが責める材料に変わる。
「仲がいいから大丈夫」。
研修の現場で、いじりの言い訳として何度も聞いてきた言葉である。
だが、親しい間柄でも、相手が嫌がっていることに気づかないまま繰り返すことは
ある。周囲が笑っていても、本人だけは笑っていないこともある。
笑いになるか、相手を傷つけるか。
その違いを、関係性だけで判断してはならない。
相手がどう受け止めているか。その後どう関わっているか。
言葉の内容や、その場の状況も含めて考える必要がある。
長い言葉は、いらない
映像で最も心に残ったのは、訓示の後の場面である。
松井監督は選手一人ひとりと握手を交わし、短い言葉をかけていた。
ほんの一言、二言。それでも、声をかけられた選手の顔から緊張がほどけ、
嬉しそうな笑顔がこぼれる。
もちろん、相手があの松井秀喜だからこその反応もあるだろう。
だが、本質はそこではない。
人を勇気づけるのに、長い説教はいらない。
一人ひとりをよく見て、その人に届く一言を選ぶ。
リーダーの仕事はそれだけではない。
だが、こうした一言の積み重ねが、人と人との信頼関係をつくっていくのでは
ないだろうか。
ハラスメントは「土壌」から断て
今回の訓示で最も重要なのは、実は個々の選手への接し方ではない。
松井監督が繰り返した「文化」という言葉である。
人は入れ替わっても、積み上げた文化は残る。
そして「君たちがその文化を作っていってください」。
ハラスメントは、問題のある上司一人から生まれるとは限らない。
結果さえ出せば何をしてもいいという価値観。
追い詰める指導を黙認する空気。
人の成長より目先の数字を優先する風土。
それが土壌になる。
問題上司を一人処分しても、土壌が同じなら、次の加害者が育つだけである。
ハラスメントが起きたとき、事実を確かめ、被害者に配慮し、
行為者に適切に対応する。それは当然必要である。
だが、それだけでは足りない。
そもそもハラスメントが生まれにくい文化をつくること。
それこそが、ハラスメントを根本から防ぐために欠かせない取り組みである。
選手一人ひとりの成長を語りながら、組織の文化へと話をつなげた
松井監督の訓示は、その見本だった。
パワハラを恐れて指導できない上司へ
パワハラを防ぐために、指導をやめる必要はない。
必要なのは、指導を弱くすることではなく、質を高めることである。
責めるのではなく、考えさせる。
結果だけでなく、過程を見る。努力を求めるなら、努力できる環境を整える。
「お前、何やってるんだ」。そう言いそうになったら、まず自分に問えばいい。
「俺、今なにやってるの?」
出典・参考資料
日刊スポーツ(2026年10月30日)「【巨人】松井監督『過去の栄光で輝いている旗じゃかわいそう』6分13秒の初訓示/全文」
日刊スポーツ 巨人担当 公式X(@nikkan_giants)「松井秀喜新監督の訓示、全文」
THE ANSWER(2026年10月25日)「松井監督に全く気づかずドラ1“爆睡”『あかん…やった』 本人正座の舞台裏『起きた時には…』」
デイリースポーツ(2026年10月28日)「巨人・西舘 松井新監督の前で爆睡動画が300万回再生の大ヒット『来年はちゃんと野球で目立てるように』」
※松井監督の発言は、日刊スポーツが掲載した訓示全文から一部を引用しています。西舘投手に関する記述はTHE ANSWERおよびデイリースポーツの記事に基づきます。選手への声かけに関する描写は、筆者が視聴した映像に基づくものです。本文の解釈・考察は筆者によるものです。
この記事を書いた人
藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー
「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」
20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。
立教大学卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。 このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
よりよい対話と関係を生み出すヒントを発信していきます。
職場の「わかっているはず」を、言葉に変える。
そんな思いで、このブログを書いています。