責任って、なんだろう
「都合の悪い話ほど正面から議論し、正しい判断を早く行う」。
浜岡原発の耐震データ不正問題を受け、中部電力の新社長が語った
言葉である。正しい。立派。そして、どこかで聞いたセリフ。
不祥事が起きるたび、経営者は「信頼回復」「再発防止」
「組織風土の改革」を誓う。研修の現場に立つ私は、いつも考える。
その言葉は、実際に何を変えたのだろうか。
中部電力は2023年だけで三度、役員報酬を自主返上している。
カルテル問題で月例報酬の10%を2か月。
顧客情報の不正閲覧で30%を3か月。
そしてカルテル問題で業務改善命令を受け、同じ件で二度目の返上。
社長と会長は30%を2か月。
一方、浜岡原発の問題では、それ以前に内部通報が寄せられていたことも
明らかになっている。報酬を減らし、頭を下げ、再発防止を誓う。
それを一年に三度繰り返す間も、別の重大な問題を知らせる声は、
十分に生かされていなかった。
皮肉と呼ぶには、あまりに重い。
30%×3か月という「責任」
不祥事が起きると、役員報酬の「自主返納」が発表される。
月額報酬の何%を何か月間。
本人が申し出て、将来の報酬を少し減らす。
そのまま続投する場合もある。日本企業では見慣れた光景だ。
2026年11月2日には、GMOインターネットグループも、不正アクセス問題
を受けて代表の月額報酬を30%、3か月減額すると発表した。
不祥事のたびに、判で押したように繰り返される日本の「けじめ」である。
だが、筋が逆ではないか。
役員報酬は、経営を託された職責への対価である。
不祥事によって問われるのは、これから受け取る報酬の額より、
すでに受け取った報酬に見合う責任を果たしていたのか、
ということではないか。
もちろん、不祥事があれば過去の報酬をすべて返せという話ではない。
だが、過去の経営責任が問われているのに、将来の報酬を数か月減らす
だけで、なぜ責任を取ったことになるのか。
過去の報酬の返還を求めるクローバックという仕組みもある。
責任を取るための減俸なのか。
それとも、
職にとどまるための手続きなのか。
減給は、社員の発想
「給料を減らして反省を示す」。
これは、社員が受ける減給処分に近い発想である。
社員は担当する仕事に責任を負う。
経営者は、それに加えて、組織全体の判断と結果に責任を負う。
自分が直接関与していなくても、なぜ不正を防げなかったのかを
問われる立場だ。
その経営者が、社員と同じ作法で反省を示す。
殊勝に見えて、立ち位置を取り違えていないか。
報酬を減らせば反省したことになる。
数か月我慢すれば清算できる。
その発想は、まだ雇われる側のものではないか。
経営を託された者の発想ではない。
自主返納そのものを否定しているのではない。
問題は、自分が不利益を受けることと、
組織に対する責任を果たす
ことを混同してしまう点にある。
魚は頭から腐る
では、なぜ都合の悪い話は組織の中で眠り続けるのか。
例えば経営者が口では「安全第一」と言いながら、会議で厳しく追及
するのは工程と数字ばかりだったら。
悪い知らせを持ってきた人が責められ、問題を表に出さずに済ませた
人が評価される職場だったら。
部下は、何を報告し、何を黙るべきかを学んでいく。
上司の言葉より、何に怒り、何を評価するかを、見ているからだ。
PSC(心理社会的安全風土)という考え方がある。
経営層が働く人の心理的健康と安全をどれだけ重視し、方針や意思決定
に反映しているかを捉える概念だ。
研究では、PSCの低さとハラスメントなどの心理社会的リスクとの
関連が示されている。
もちろん、PSCだけで今回のデータ不正を説明できるわけではない。
しかし、経営の優先順位が現場の行動に影響するという視点は、
不祥事を考えるうえでも重要だ。
魚は頭から腐る。
心理的安全性は、現場で意見を言えるか。
PSCは、その土台となる経営の姿勢や組織の仕組みを見る。
報酬を3割減らしても、経営の優先順位まで変わるとは限らない。
だからこそ、個人の反省ではなく、組織の変化を問う必要がある。
辞めれば、責任を取ったことになるのか
では、辞めればいいのか。それも違う。
今回、中部電力では社長と会長が辞任した。
だが、トップが辞めて幕引き、原因は温存。
そんな光景を私たちは何度見てきただろう。
責任には少なくとも三つある。
何が起きたかを明らかにする責任。
結果に対する責任。
同じ問題を繰り返さない仕組みをつくる責任。
報酬返納も辞任も、二つ目の一部にすぎない。
いちばん重いのは三つ目である。
なぜ不正が起きたのか。なぜ周囲は止められなかったのか。
なぜ問題を知らせる声が是正につながらなかったのか。
その原因が組織の価値観や意思決定にあるなら、
そこを変えなければならない。
責任を取ることと、責任を果たすことは違うと思っている。
責任を取ることは、過去へのけじめ。
責任を果たすことは、未来に向けて組織を変えることだ。
「都合の悪い話ほど正面から」。
その言葉が本物かどうかは、会見の壇上では決まらない。
次に悪い知らせが届いたとき、経営がどんな顔をするか。
その一瞬で決まる。
管理職も、他人事ではない
これは役員だけの話ではない。
部下の不始末を始末書一枚で片づけていないか。
自分のミスを「次から気をつけます」で清算していないか。
部下が悪い知らせを持ってきたとき、どんな顔をしているか。
眉間にしわを寄せる。ため息をつく。
「なんで早く言わなかった」と責める。
そんな上司に、部下は次も悪い知らせを持ってくるだろうか。
研修の現場でも、ハラスメントの行為者を処分し、
研修を実施すれば再発防止になると考える企業は少なくない。
しかし、問題を生んだ職場の空気が変わらなければ、同じ危険は残る。
経営者目線を持てと言われながら、
責任の取り方だけは雇われる側の作法のまま。
自分がどんな処分を受けるかには敏感でも、
自分の言動がどんな組織をつくっているかには、鈍感になっていないか。
減らして、辞めて、それでも返さない。
返していないのは、お金だけではない。
経営を託された者として、果たすべき責任そのものである。
あなたの職場では、悪い知らせを持ってきた部下が、次も安心して悪い知らせを持ってこられるだろうか。
出典
中部電力HP「役員報酬の自主返上」(2023年4月7日)ほか
この記事を書いた人
藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー
「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」
20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。
立教大学卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。 このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
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