日別アーカイブ: 2026年10月9日

「懐かしがっている場合ではない」-映画『ファーストボイス 前代未聞の逆転裁判』 最後の一文に突きつけられたもの

映画『ファーストボイス 』を観た。

映画の感想は、ほかの人に任せる。私は、映画の中身は語らない。
語りたいのは、エンドロール直前のたった一文だけだ。
描かれるのは1989年。

会社の中のセクハラと、それを当たり前とする男たちの意識。
この時代の裁判を、私はこれまで文章でしか知らなかった。
それが初めて立体になった。物語はフィクションだが、現実とほぼ重なる。
映画として、面白かった。

面白かった。だから油断した

最後に、スクリーンに一文が浮かんだ。
今も、セクハラは止まっていない。

正確な文言は覚えていない。だが、そういう趣旨だった。
それで十分だった。

一気に現実に引き戻された。37年前と変わらない。その事実を、
真正面から突きつけられたのである。

誰も振り返らない一文

観終わってから、ネットの感想を読み漁った。
ボディコンスーツが懐かしい。法廷シーンがスカッとした。
主演がよかった。
あの一文に触れた感想は、ほとんど見当たらなかった。

驚いた。だが、すぐに腑に落ちた。多くの人にとって、
これは「昔の話」なのだ。最後の一文が「今の話だ」と
告げているのに、誰も振り返らない。

素通りされる一文。
それこそが、37年変わらなかった理由ではないか。

失われた30年ではない、止まったままの37年

この映画を観に行く人に、セクハラ行為者はいないと信じたい。
おそらく、いない。問題は、観に行かない人だ。

講師として断言する。
ここ数年、セクハラ研修の依頼はむしろ増えている。
ゼロになる気配はない。
求職者へのセクハラ、いわゆる就活セクハラは、ついに法律で
防止措置が義務づけられる時代になった。
法律が要るほど、止まっていないということだ。

相談の中身も変わらない。
相変わらずのボディタッチ。休憩中にスマホでアダルト動画を見る社員。
男性同士のセクハラ。社内でのストーカーまがいの行為。体型容姿いじり。
挙げればきりがない。
大きく報じられることは少くない。
だが、苦しんでいる人は確かにいる。

自社を志望してくれた学生を、傷つける大人

特に伝えたいのは、休職者等に対するセクシャルハラスメント
(旧:就活セクハラ)だ。

自社を志望してくれた学生に、セクハラをする。その結果、
入院した学生がいる。メンタルクリニックに通い、薬を飲み続けている
学生がいる。
厚生労働省の調査にも、その実態ははっきりと表れている。
会社の看板を背負った採用の場で、未来の仲間を陥れる大人がいる。
これが、今この国で起きている事実である。

エンドロールは、宿題だった

「昔はひどかったね」と笑える日は、まだ来ていない。

懐かしがっている場合ではない。エンドロール前のあの一文は、
過去の物語の締めくくりではなかった。
今を生きる私たちへの宿題だったのではないか。

制度でもない。マニュアルでもない。
未来を担う若い人を、どうか大事にできる大人を育ててほしい。

エンドロールが終わっても、あの一文だけは消えなかった。

宿題は、まだ終わっていない。
だから、私は、明日も研修の場に立つ。

この記事を書いた人

藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー

「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」

20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。

立教大学卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。

最後までお読みいただきありがとうございました。

ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。 このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
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