「それ、おかしくありませんか。」
職場で、そう思ったことはないでしょうか。
ルール違反。
品質管理の不備。
患者への危険な対応。
コンプライアンス違反。
ハラスメント。
普通に考えれば、そうした問題を指摘する人は組織から守られるべきです。しかし、オーストラリアの学会で発表された研究は、その逆が起きることを示していました。正しいことを言った人ほど、職場で孤立し、いじめの対象になり、最後には辞めていく。
この現象を研究者は、「脆弱性のパラドックス(Vulnerability Paradox)」と呼んでいました。
正しさがリスクになる組織
発表はカナダ・ケベック州の看護師を対象にした研究でした。看護師たちは患者の安全を守るため、インスリン投与の確認漏れや、不適切な身体拘束など、倫理的に問題がある行為を見つけると声を上げます。しかし、その結果どうなったか。改善されたのではありません。
「ここでは昔からこうやっている。」
「あなたが間違っている。」
「空気を乱さないで。」
そう言われ、次第に職場で孤立していきました。
私はこの話を聞きながら、看護の話ではないと思いました。これは日本企業でも、まったく同じことが起きています。
日本企業でも見てきた光景
品質データの改ざんを止めようとした人。
不正会計に疑問を持った人。
下請法違反を指摘した人。
ハラスメントを相談した人。
「そのやり方はおかしい」と言った人。
本来なら組織は、その人を守らなければなりません。
しかし現実には、
「余計なことを言う人」
「組織を乱す人」
「空気を読めない人」
として扱われることがあります。
そして最後には、その人が会社を去る。
問題は残ったままです。
「正しいこと」が危険になる理由
研究では、この現象が起きる背景として、心理的安全性の低い組織文化が挙げられていました。心理的安全性が低い組織では、倫理的に正しい行動をとること自体が、個人のリスクになります。
つまり、正しいことを言うほど危険になる。だから誰も言わなくなる。沈黙する。見て見ぬふりをする。これが「脆弱性のパラドックス」です。
個人を責めても何も変わらない
私はこの研究を聞きながら、改めて思いました。多くの企業は、「勇気を持って声を上げよう」と言います。もちろん、それは大切です。しかし、声を上げた人を守れない組織が、勇気だけを求めるのは酷です。
問題は、個人の勇気ではありません。組織の仕組みです。報復を許さない制度があるか。相談した人が守られるか。倫理的な行動が評価されるか。そこが問われています。
本当に守るべき人は誰か
今回の研究を通じて、私は一つの問いを強く持ちました。
組織は、成果を出す人を守っているでしょうか。
それとも、正しいことを言う人を守っているでしょうか。
私は後者だと思います。
品質を守ろうとする人。
患者を守ろうとする人。
顧客を守ろうとする人。
ルールを守ろうとする人。
そういう人が安心して働ける組織こそ、本当に健全な組織です。
逆に、そうした人が辞めていく組織では、残るのは沈黙だけです。
そして、その沈黙の先に、不正やハラスメントは育っていきます。
ハラスメント対策の本質
私はこれまでの連載で、ハラスメントは個人の問題ではなく、組織の問題であると書いてきました。今回の研究は、その考えをさらに強くしてくれました。ハラスメント対策とは、加害者教育だけではありません。
相談窓口を設置することでもありません。本当に必要なのは、正しいことを言う人が、安心して働き続けられる組織をつくることです。
そのためには、倫理的な行動を守り、評価し、報いる文化が必要です。それがなければ、組織は誠実な人から順番に失っていきます。
おわりに
私はこの発表を聞きながら、「組織は誰を守るのか」という問いを、何度も自分自身に投げかけていました。
不正を見逃す人でしょうか。
沈黙する人でしょうか。
それとも、「それは違う」と言える人でしょうか。
組織の未来は、その答えで決まるのだと思います。
そしてこの問いは、脆弱性のパラドックス一つに留まりません。
今回、6回にわたって書いてきた各回のテーマ、社会的伝染、PSC、ボトムライン思考、いじめの生産性仮説、ダークリーダーシップ、逆機能の凝集性、そのすべてが、結局はこの一つの問いに集約されます。
組織は、誰を守るために存在しているのか。
最後に
今回の学会を通じて、私がもっとも強く感じたのは、ハラスメントや職場いじめを「誰が悪いのか」という問題だけで捉えていると、本質を見誤るということです。もちろん、加害行為を放置してよいという意味ではありません。しかし、問題が繰り返される職場では、個人の言動の背後に、相談しにくさ、見て見ぬふり、リーダーの孤立、報告の遅れ、制度の形骸化といった、組織全体の兆候が積み重なっています。
重要なのは、事件が起きてから対応することではなく、事件になる前のほんの些細なサインを読み解く力です。ハラスメントは、単なる人間関係の問題ではありません。組織の心理的安全、ガバナンス、リーダーシップ、そして人を大切にする価値観が、どれだけ機能しているかを映し出すサインでもあります。だからこそ、これからのハラスメント防止は、職場の空気を読み、声にならない違和感を拾い、組織がどこで人を追い詰めているのかを見抜く視点が必要です。
今回の学びを通じて、私は改めて、ハラスメント防止を「組織の健康診断」として捉え直す必要があると感じました。
キャンベラの広大な大地の一角にある国立大学の構内で、世界中の国と地域から集まった研究者や実務家が、職場のハラスメントやいじめの問題に真剣に向き合っている。その光景には、大きな心強さを感じました。
そして最後に、6月のキャンベラは本当に寒かった。学会で得た学びも深く沁みましたが、寒さに震えながらホテルに戻り、日本から持ってきた味噌汁を飲んだ瞬間、その温かさもまた、しみじみと心に沁みました。
キャンベラで出会った多くの先生方、研究者の皆さまに、心から感謝します。
この記事を書いた人
藤山晴久
株式会社インプレッション・ラーニング 代表取締役
研修プランナー/講師/産業カウンセラー
「人を追い詰めるのは、個人だけではない。」
20代の終わり、まだ駆け出しだった頃、ある取引先の経営者と昼食をともにする機会があった。60代、場数を踏んだ経営者と対等に渡り合うにはまだ早すぎる年齢だったが、その方は若輩者の自分に、惜しみなく時間を割いてくれた。その方が、昼食からいくらも経たないうちに、この世を去った。自分はその事実を、伝聞という形でしか知ることができなかった。「昨日まで隣にいた人が、今日はいない」―その事実は、今も胸に残っている。
その後、自身も深夜に及ぶ過酷な労働環境と、さまざまな立場の人間関係の中で受けた本格的なハラスメントの果てに、心身の均衡を崩した時期がある。ちょうどその頃、組織の整理に伴い、職を離れることにもなった。
この二つの経験を原点に、ハラスメントを個人の資質の問題ではなく、組織風土・ガバナンス・リスクマネジメントの視点から分析し、研修として提供している。
立教大学卒。アンダーセンビジネススクール、KPMGあずさビジネススクールにて法人研修の企画営業マネージャーとして、一部上場企業を中心にコンプライアンス研修・ハラスメント研修を企画。2009年、株式会社インプレッション・ラーニングを設立。企業研修プランナーとして、管理職向けハラスメント研修を中心に活動し、研修講師としても登壇。年間約400件の研修を企画・実施し、これまで数十万人規模が受講。
最後までお読みいただきありがとうございました。
ハラスメントは、特定の個人だけの問題ではありません。
社会の変化、世代間の違い、そして組織の文化の中で生まれるものです。
このブログでは、社会・組織・個人という三つの視点から、
ハラスメントの背景や構造について考えています。
職場には、「わかっているはず」という思い込みや、
言葉にしなくても伝わるはずだという空気があります。
しかし、ときにそれは人を追い詰める
「以心伝心の暴力」 になることもあります。
このブログでは、そんな職場にある“見えにくいズレ”をほどきながら、
よりよい対話と関係を生み出すヒントを発信していきます。
職場の「わかっているはず」を、言葉に変える。
そんな思いで、このブログを書いています。
#PCS
#ハラスメント防止
#経営者のハラスメント責任