オーストラリアのハラスメント学会で考えた、日本企業の課題【第1回】なぜ優秀なリーダーは去るのか -組織を蝕む「上向きのいじめ」と権威失墜の正体

Pocket

2026年6月2日から5日まで、オーストラリアのキャンベラで開催された国際職場いじめ・ハラスメント学会(IAWBH)の2026年大会に参加してきました。

 キャンベラは南半球の冬。体感としては日本の1月くらいの寒さです。紅葉も終わり、色づいた葉が道路に落ち、強い風が吹いていました。ユニクロで購入した温かい下着とダウンジャケットが手放せない4日間でした。
天気も晴れたり雨が降ったりと変わりやすく、会場となったオーストラリア国立大学では、多くの学生たちが静かに黙々と勉強していました。

今回の世界ハラスメント学会では数多くの研究発表を聞きましたが、その中でも特に印象に残ったのが、オーストラリア・ビクトリア州を拠点とする Maureen Kyne & Associates の代表、Maureen Kyne氏による「Upward Bullying(上向きのいじめ)」の発表です。

Kyne氏は、職場いじめやハラスメント、集団的排斥(Mobbing)、そして近年注目されている上向きのいじめの研究と実務支援で知られる専門家です。特徴的なのは、ハラスメントを個人の問題としてではなく、「なぜ組織はそれを見抜けないのか」「なぜ組織はそれを放置してしまうのか」という組織構造などの問題として捉えている点です。

私はこの発表を聞きながら、日本企業にも極めて共通する課題があると感じました。

日本でも起きている「上向きのいじめ」

ハラスメントというと、多くの人は上司から部下への行為をイメージします。
しかし現実には、その逆も存在します。
中途採用で入社した優秀な管理職。
改革を進めようとする新任部長。
説明責任を求め、古い慣習を変えようとするリーダー。

こうした人たちが、いつの間にか孤立し、疲弊し、そして会社を去っていく。
皆さんの会社でも思い当たる事例はないでしょうか。
その背景には、今回の研究で示された「権威の侵食(Authority Erosion)」が潜んでいる可能性があります。

権威は一瞬で壊れない

Kyne氏の研究で興味深かったのは、リーダーの権威は一気に破壊されるのではなく、少しずつ削り取られていくという点です。

例えば、
・決定事項に対して毎回細かな異議を唱える
・必要な情報を意図的に遅らせる
・第三者経由で不満を流す
・匿名や代理人を通じて苦情を申し立てる
・改革の取り組みを「強引」「現場を分かっていない」と解釈し直す

一つひとつを見ると、どれも正当な意見や慎重な確認に見えるかもしれません。
しかし、それが継続的に、組織的に、特定のリーダーだけに向けられた時、それは「千の小さな切り傷」となってリーダーを消耗させていきます。
そして本人も周囲も気づかないうちに、権威は失われていくのです。

私がこの研究から考えた、日本企業への3つの示唆

① 点で見れば苦情、線で見れば組織的ないじめ

企業では、
「現場から意見が出ています」
「複数の社員が不満を持っています」
「苦情が寄せられています」
という話をよく耳にします。

もちろん、本当に改善すべき問題もあります。
しかし重要なのは、その苦情を点で見るのか、線で見るのかです。
個別に見ると正当な意見に見える。
しかし時間軸で見ると、同じリーダーばかりが標的になっている。
別々の苦情に見えても、実は裏でつながっている。
複数部署からの声に見えても、発信源をたどると同じ派閥だった。
こうなると、それは単なる苦情ではありません。
組織的な排除行動です。

Kyne氏が強調していたのも、「個別事象ではなくパターンを見よ」という視点でした。
私は長年ハラスメント相談に関わってきましたが、本当に重要なのは「点」ではなく「線」です。
点だけを見ていると見誤ります。

② 日本企業特有の派閥と同調圧力

日本企業では特に、
「みんながそう言っている」
という空気が大きな力を持ちます。
最初は一人の不満だったものが、いつの間にか周囲が同調し、組織全体の空気になっている。
誰も主導者ではない。
しかし全員が加担している。
私はこうしたケースを何度も見てきました。
これは海外でいうMobbing(集団的排斥)に近い現象です。
日本では派閥や同調圧力という形で現れることが少なくありません。
だからこそ、「みんなが言っている」を鵜呑みにするのは危険だ。

本当に見るべきなのは、誰が言っているかではなく、なぜその空気が作られているのかです。

③ 縦割り組織ほど抵抗勢力は強くなる

もう一つ印象的だったのは、改革を進めるリーダーほど標的になりやすいという点です。
私はこれを聞きながら、日本企業の縦割り組織を思い浮かべました。
部門ごとの縄張り。
長年続いてきた慣習。
既得権。
暗黙のルール。
こうしたものを変えようとすると、必ず抵抗が起きます。
問題は抵抗そのものではありません。
抵抗がハラスメントや権威失墜という形で表れることです。
変革には摩擦が伴います。
正当な問題提起か、既得権を守りたいだけか。組織にはそれを見分ける目が要る。
そしてリーダーには、孤立を恐れず古い壁を壊す勇気が求められるのです。

本当の問題はハラスメントではない

私は今回の発表を聞きながら、改めて感じたことがあります。
それは、「ハラスメントは原因ではなく症状である」ということです。

上司から部下へのハラスメント。
部下から上司へのハラスメント。
どちらも現象に過ぎません。

本当に見るべきなのは、その現象を生み出している組織文化やガバナンスです。
変化を嫌う文化。
責任を曖昧にする風土。
部門ごとのサイロ。
声の大きい人が勝つ構造。
そして、「うちの会社は大丈夫」という思い込み。

こうしたものが積み重なった結果として、ハラスメントという現象が表面化しているのです。
今回の研究で示された「上向きのいじめ」は、単なる人間関係の問題ではありません。
組織の健康状態を映し出す鏡なのです。

おわりに

今回の発表を聞いて、私はハラスメントを個人の問題として捉える限り、本質的な解決は難しいと改めて感じました。
組織は単発の苦情を見ることはできます。
しかし、時間をかけて積み重なる行動パターンを見ることは得意ではありません。

だからこそ、点ではなく線で見る。
個人ではなく構造を見る。
ハラスメントではなく組織病理を見る。
そんな視点がこれからますます重要になるのではないでしょうか。

オーストラリアの世界ハラスメント学会では、このほかにも日本企業にとって示唆に富む発表が、まだまだあった。
次回は、別のセッションで私が特に気になった内容をご紹介したいと思います。